ベタ・スプレンデンスの謎
二番煎じという言葉がある。わたしの場合、昨年のベタ・ルブラ発見に気を良くして、同じようなことをしても必ず味が落ちるということである。だいたいそもそも、みんなが期待するようなトピックス的な魚などそう簡単に見つかるものではない。 |
タイにはチャオプラヤ川という大きな河がある。以前日本では、この河をメナム川と呼んでいたが、メナム(タイ語の発音だと”メェ~ナァーム”といった感じ)という言葉自体がタイ語で川の意味なので、現在ではチャオプラヤ川と呼ばれている。さて、首都バンコクを流れ、タイランド湾に注ぐこの川を遡っていくと、いくつかの支流に分かれたりしながら、タイの中央部を縦断して北部の山岳地帯に伸びており、アジア随一の大河メコン川につながっている。そして、これらの川の流域に広がる湿地帯こそが改良ベタの野生種、ベタ・スプレンデンスの”本来”の分布域なのである。 |
タイ東北部イサーン地方の人はベタ・スマラグディナを、タイ南部のマレー半島の人たちはベタ・インベリスといったそれぞれ地元で採れるベタを闘魚としていったのである。さらには地方との交流戦がおこなわれるようになり、東北部や南部のギャンブラーは、手塩にかけて育てた地元のベタを中央部に持ち込むようになったのだ。しかし、そこでギャンブラーとしては当然のこと、負けたり、弱い個体は必要ない。放流することになる。 |
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バンコクから長距離バスで12時間、我々は霧深い山岳地帯にかこまれた町、チェンライに到着した。チェンライはタイ最初の統一国家であるランナタイ王朝が都をおいていたこともある由緒ある町で、タイ中央部とはちがい静寂でとてもおちついた雰囲気である。人々の顔立ちも上品で、服装や建物もどこか洗練された感じがする。 |
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スプレンデンスの案内人と別れて、我々は次の目的地に向かった。そこはタイの人たちがイサーンと呼ぶ、タイ東北部である。ローカルバスに乗って、こんどは14時間、距離はバンコク~チェンライよりも短いのだか、北部の山岳地帯から細く曲がりくねった道をイサーンへ向かってゆっくり降りていくのである。 |
このイサーンにはベタ・スマラグディナというスプレンデンスとは同じグループに属するブルーグリーンのワイルドベタが広く分布している。生息域が広大なので、地域による色彩バリエーションなども見られるようだ。しかし、いままで発見されてきたスマラグディナとは全く異なるタイプが生息する場所があるという。こんどはこのイサーンの人たちに案内してもらうことになった。 |
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我々は、疲れた体を長距離バスのシートに投げ出して、バンコクへのまたもや長い道のりの旅程にいた。長い時間を経てバスはイサーンの台地を降りてゆき、バンコク近郊のハイウェイを走っていた。もう少しでバンコクに戻れる私は、スプレンデンスの生息地の風景や“グリーンダンサー”がヒレを広げて舞う姿を想像しながら、うつらうつらと寝ていた。 |
無事だったバスガイドの男性も、あまりの出来事にオロオロするだけであった。だいぶ時間がたってからレスキュー隊が現れて、まだバスの中で取り残されている人を救助しはじめた。意識不明の人や重傷者も担架で運ばれて行き始めた。警察による乗客の尋問も始まった。しかし、レスキュー隊よりも先にテレビ局のレポーターがやってきて、この状況でうれしそうに私にインタビューしてきたのには閉口した。 |
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