雑誌掲載レポート
スリランカの水辺をたずねて

我々の地球上には、さまざまな動植物が分布している。なかでも「ホットスポット」と呼ばれる地域がある。地球の陸地面積の3%にも満たない限られた場所に全世界の動植物の約半分が集中しているという、極めて生物多様性に富んだ地域のこと。そのひとつがスリランカである。しかもスリランカの国土を構成するセイロン島は、日本の九州程度の面積であるが、ユニークな気候区分をもっている。
北東部を中心に島の4分の3がドライエリアと呼ばれる乾燥地帯。残りの南西部がウェットエリアと呼ばれる熱帯雨林気候の地域である。このウェットアリアにこそ我々が求める種類の多くが見られるのである。
ただこの国には、つい2年前まで人々を悩ませていた大きな問題があった。仏教徒のシンハラ人と、ヒンドゥー教徒のタミール人との民族対立である。主要民族であるシンハラ人の統治に少数派のタミール人は従来から反発していた。そしてついにタミール人の指導者が1975年に「タミール・イーラム解放のトラ(LTTE)」を結成。スリランカ東北部にタミール・イーラム国の分離独立を目指して、内戦に突入することになる。
その後LTTEは、北部から東部に至る広い地域を支配した。そして一方で、首都のコロンボで爆弾テロを起こして大統領を暗殺したりと勢力を拡大してゆく。かつては豊かな自然と美しいインド洋の海を求めてたくさんの欧米人がバカンスにやってきていた。しかしこの内戦で、それら観光客たちの足は遠のき、観光立国であった経済も疲弊していった。
私が初めてこの地を訪れた2003年は、町中が厳戒態勢で、もちろん北部や東部へは行くことはできなかった。しかしやがて、内戦に大きなターニングポイントを迎える事件が起こる。2004年12月のスマトラ沖大地震である。
LTTEが支配する北部や東部は、スマトラ沖からやってきた津波で大きなダメージを負った。これによって弱体化したLTTEは、徐々にスリランカ政府によって追い詰められていくことになる。一昨年1月には政府軍がLTTEの拠点キリノッチを制圧すると、その後LTTEは実効支配地域のほとんどを失っていった。同年5月には指導者のブラブハラカンが自殺し、LTTEは敗北宣言をすることによって35年にわたる内戦はようやく終結した。
平和が戻ったこの島を久しぶりに訪れた私は驚いた。まずバンダラナイケ国際空港のターミナルビルが新しく近代的になっている。コロンボ市内に至る道沿いには、いたるところで新たなビルやショッピングセンターなどが建設されているではないか。
街は活気にあふれており、人々の表情も明るい。私は水産省や森林省を訪れ、旧知の高官とひさしぶりの再会を喜び合った。しかし残念ながら、以前大変お世話になった方の悲報を聞いた。かつて在大阪スリランカ領事館の名誉総領事を務めておられたネルソン・ウィッターナゲ氏。彼は3年前この地で亡くなられたとのこと。ご冥福をお祈りしたい。
このたびはスリランカの淡水魚や水草を探索する旅であった。先述したとおり、この島はホットスポットと呼ばれ、生物多様性に極めて富んでいる。それと同時に、この国では、他国で考えられないほど自然保護に熱心である。また一般の人々の意識も高い。
記録によると、紀元前3世紀に古代のデーバナンピヤーティッサ王が、島の中部ミヒンタレーに動植物保護区をつくった。後世の人も動植物を楽めるようにとの考えであったそうだ。なんと今から2200年以上も昔のことで、おそらく世界最古の動植物保護区であろう。現在でも、この島の動植物の多くはスリランカ政府によって保護されており、原則輸出禁止となっている。政府の許可なしでは、採集はもちろん、国外への持ち出しも不可能である。
空港においても出国時には、全員の荷物を開けてチェックする厳しさだ。私が現地に滞在していたときも、外国人がスリランカの固有種である薬草を持ち出そうとして見つかり、逮捕されたそうである。
私も一度、滞在していたホテルに許可書を置き忘れて外出していったことがあった。現地で水草を撮影中に付近の住人に警察へ通報された。幸い政府の高官に電話をして事なきを得たが、いかに自然保護の考えが、一般の人々にも浸透しているかを表す出来事であった。
さて、私たちがフィールドを行ったのは、主に西部州マツガマ近郊である。旅の目的は、マルプルッタ・クレッセリーの生息地を見ることであった。スリランカにのみ生息する珍しい小型アナバンティッドである。しかし、ほかにもいろいろな発見があった。
燃えるようなオレンジレッドである
現地ではもちろん魚の種類によって生息する川がちがうのであるが、どの場所もすごく魚影が濃い。いろいろ見た中でも特に印象に残ったのが、セイロンファイヤーラスボラである。本種はスリランカの固有種で日本でも人気が高い。現地で見る魚はどれも美しいが、本種は別格であった。名前のとおり、燃えるような濃い赤色でありながら明るく派手で、しかも透明感がある。まるで良質のルビーを見ているようであった。
旅の最大の目的であった、マルプルッタ・クレッセリーの生息場所を見ることも今回達成された。マルプルッタはベタなどに近縁の小型アナバンティッドで、独特の体型がかわいい人気種である。しかし生息数が少なく、現在スリランカ政府によって保護されており、原則輸出禁止である。なので日本では時折ヨーロッパでの繁殖個体が見られる程度の貴重な魚である。
訪れた生息場所は、クリアーウォーターが流れる砂利底の浅い細流で、私の予想とは大きくちがう環境であった。採集人が網を入れるが、なかなか採れない。その人によると、マルプルッタの生息数はとても少なく、100回網を入れて1回採れる程度だと言っていた。ようやく採れた個体を見せてもらった。黒っぽい飴色の体色をした小さな本種を見たときは、まさに宝石の原石を見つけたように思えた。
淡水魚だけでなく、クリプトコリネをはじめとする水草もこの島には多くの固有種が存在する。とくにクリプトコリネの固有種は、この小さな島だけに東南アジア全域にある種類数に匹敵するほどのたくさんの種類やタイプが存在するといわれている。とくに現在、保護種に指定され、日本で見る機会が少ないクリプトコリネ3種。
スリランカの固有種で、現在スリランカ政府によって保護種に指定されている
アルバ、スワイテシーそしてボグネリを発見することができたのは幸運であった。しかしどういうわけか、これら3種は、ほかのクリプトコリネとはちがい、限られた場所にしかなく、しかも群落では存在せず、ほとんど1株か2株づつ、ぽつぽつと見つかるだけでとても数が少ない。その気になれば、簡単に採り尽くせてしまう。保護されている理由もよくわかった。
今回とくに意外に思えたことがある。この地もボルネオ島など東南アジア島嶼部と同じ熱帯雨林気候でありながら、自然環境が大きく異なっていたことだ。私が見たところ、ブラックウォーターが流れる川はなく、もちろんピートスワンプもない。小さな島で、山が多いので低湿地が少ないのは理解できるが、どこへ行っても砂利底でクリアーウォーターが流れている。どちらかというと日本の川の雰囲気に似ていた。しかしその熱帯雨林らしからぬ、独特の環境が独特の魅力をもつ淡水魚や水草へと進化させたのだろうか。
短い滞在であったが、この小さな島のしかも限られたエリアで、さまざまな淡水魚や水草を見ることができた。私の旅は満足度100%であった。
何度もふれるように、この島は豊かな自然を誇る。しかし人が住んでいないわけではない。むしろアジアでは珍しく、この国の総人口に対する都市人口の割合はとても少ない。つまり郊外や僻地にも比較的まんべんなく人が住んでいるようである。
実際ジャングルの中に足を踏み入れても、たいていどこかに民家があり、人が生活する息遣いが感じられる。しかし近年のインドネシアのように開発でどんどん自然が失われていく様子もない。かたや、町中でもふつうに野生動物を見かけることがある。いまどきそんな国があるだろうか?人も穏やかでとても親切である。居心地がよいことこの上ない。これからも永遠に自然と人間との蜜月関係が続く地であるよう祈りながら、私は後ろ髪をひかれる思いでこの地上の楽園を離れた




