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ベタ・スプレンデンスの謎

afsffs

 


二番煎じという言葉がある。わたしの場合、昨年のベタ・ルブラ発見に気を良くして、同じようなことをしても必ず味が落ちるということである。だいたいそもそも、みんなが期待するようなトピックス的な魚などそう簡単に見つかるものではない。

そこで今回は初心に戻って、タイに分布するワイルドベタであるとともに、今日巷でみられるトラディショナルベタやショーベタ、プラカットなどあらゆる改良品種のベタの元祖ともいえるベタ・スプレンデンスの謎にせまりたい。そして後半は、すばらしいニュータイプのワイルドベタをご紹介する。



タイにはチャオプラヤ川という大きな河がある。以前日本では、この河をメナム川と呼んでいたが、メナム(タイ語の発音だと”メェ〜ナァーム”といった感じ)という言葉自体がタイ語で川の意味なので、現在ではチャオプラヤ川と呼ばれている。さて、首都バンコクを流れ、タイランド湾に注ぐこの川を遡っていくと、いくつかの支流に分かれたりしながら、タイの中央部を縦断して北部の山岳地帯に伸びており、アジア随一の大河メコン川につながっている。そして、これらの川の流域に広がる湿地帯こそが改良ベタの野生種、ベタ・スプレンデンスの”本来”の分布域なのである。

なぜ”本来”なのか?これらの川の流域中南部は、広大なデルタ地帯となっており、世界有数の稲作地帯を作り出している。かなり昔にこの地域の農民たちが、自然界でベタのオス同士が縄張り争いすることに目をつけた。そして、農作業の合間に野生のスプレンデンス種を捕まえて、オス同士を戦わせ、賭けをすることを始めたのである。最初は自然界で捕まえた個体同士で戦わせていたのだが、そのうちより強い個体を作出するために大きくて強健に品種改良された今日のプラカットが用いられるようになった。そしてその後、このギャンブルは他地域にも波及していくことになる。


タイ東北部イサーン地方の人はベタ・スマラグディナを、タイ南部のマレー半島の人たちはベタ・インベリスといったそれぞれ地元で採れるベタを闘魚としていったのである。さらには地方との交流戦がおこなわれるようになり、東北部や南部のギャンブラーは、手塩にかけて育てた地元のベタを中央部に持ち込むようになったのだ。しかし、そこでギャンブラーとしては当然のこと、負けたり、弱い個体は必要ない。放流することになる。

ところが、プラカットを自然に放流することによって、野生種との交雑が起こることとなる。持ち込まれたスマラグディナ種やインベリス種までもが放され自然交雑していったのである。こうして結局、改良ベタの元祖、ベタ・スプレンデンスの純系野生種はタイ中央部から姿を消していった。

昨年12月、私はタイに行っていた。ショーベタの用事で出かけたのだが、たまたま一人の人物と知り合いになった。彼はタイにおけるワイルドベタの研究家で、各地へ行って、ワイルドベタを採集して研究している。また大学の教授にも採集個体を提供したりして、情報交換をしているのだ。私も彼も”ベタバカ”なので、すぐに親しくなり、数日一緒にベタファームを見に行ったり、いろいろ話をしたのだが、そこで彼から、とても興味深い話を聞いたのである。

私は以前から、闘魚はタイ全土で行われていると思っていた。ところが、彼の話によるとチェンマイ県を中心とするタイ北部山岳地帯の人々には古来闘魚をする文化がなく、北部なら純系の野生種がいるというのだ!俄然、私の血が騒ぎだした。本種の故郷、タイ北部の山岳地帯に思いを馳せた。“ベタ・スプレンデンスの野生種を見たい!”そこでこのたび我々は、チェンマイのさらに北、タイ王国最北端の県であるチェンライまで行って生息地を訪れることにしたのである。

 
ベタ・スプレンデンスのいる湖は、こんな山道の先にある。

山中に姿を現した山上湖

湖の奥に広がる湿原、ここがベタ・スプレンデンスの生息地だ!



バンコクから長距離バスで12時間、我々は霧深い山岳地帯にかこまれた町、チェンライに到着した。チェンライはタイ最初の統一国家であるランナタイ王朝が都をおいていたこともある由緒ある町で、タイ中央部とはちがい静寂でとてもおちついた雰囲気である。人々の顔立ちも上品で、服装や建物もどこか洗練された感じがする。

さっそく我々は現地の案内人を伴って、山間にあるスプレンデンスの生息地に向かった。小雨が降るなか雑木林を歩くこと1時間、突然美しい湖が現れた。

そこは山上湖で、その奥には山間に沿って湿原が広がっていた。すると案内人の女性が独特の形をしたざるのようなもので、水がわずか10cmほどの深さしかない湿地からベタを採って見せてくれた。見た瞬間私が感じたのは“小さい!”ということであった。

スプレンデンスの原種というと、闘魚であるプラカットのような精悍でずんぐりしたものを想像していたのだが、私が出会ったこの野生種は、プラカットよりもはるかに細身で小柄、そして地味な色合いながらもどこか可憐な雰囲気を漂わせていた。これがあらゆる改良品種のベタのルーツなのか!

袋に入れて見てみた。レンガ色を帯びた地色の体表にはうっすらとスモーキーなブルーがはいり、ヒレは軟条にそって赤く染まっている。そして、エラブタにはベタ・フォーシーのような鮮紅色といえる赤いラインが2本入っていた。同伴したバンコクの友人が言うには、この赤い2本のラインこそが野生種の特徴だという。

確かに、同じくタイに分布するベタ・インべリスやスマラグディナにはこの特徴がなく、こんにちの改良品種のベタにもほとんど見られない。

意外なことであるが、今回の私には以前ベタ・ルブラを発見した時のような興奮はなく、ただありがたい御本尊に接見したような神妙な気持ちになった。

気が遠くなるような年月を経て、こんにちの改良品種がつくられたのだが、この野生種たちがすべての出発点だったのか・・・と。

 
採集してくれた案内人の女性。独特の網を使って採集する。

採集したベタ・スプレンデンス野生種のメス

採集したベタ・スプレンデンス(Betta splendens)野生種のオス。改良ベタのルーツともいえる魚だ

帰国後、水槽に入れて撮影したベタ・スプレンデンス

スプレンデンスの案内人と別れて、我々は次の目的地に向かった。そこはタイの人たちがイサーンと呼ぶ、タイ東北部である。ローカルバスに乗って、こんどは14時間、距離はバンコク〜チェンライよりも短いのだか、北部の山岳地帯から細く曲がりくねった道をイサーンへ向かってゆっくり降りていくのである。

イサーンはしっとりとした雰囲気である北部の山岳地帯とはまるでちがって、太陽が照りつける、暑く乾いた大地が果てしなくつづく台地である。メコン川をはさんで対岸はラオスなのだが、このイサーンもラオス文化圏に属する。料理一つをとってみても、もち米を主食とし、ラープと呼ばれる生の牛肉のミンチを香辛料と混ぜたものや、まだ青いパパイヤの実を千切りにして唐辛子や生の沢ガニの味噌などと和えたソムタムといった独特の料理がある。またネズミや昆虫類を好んで食べるのもこの地方の人たちである。



このイサーンにはベタ・スマラグディナというスプレンデンスとは同じグループに属するブルーグリーンのワイルドベタが広く分布している。生息域が広大なので、地域による色彩バリエーションなども見られるようだ。しかし、いままで発見されてきたスマラグディナとは全く異なるタイプが生息する場所があるという。こんどはこのイサーンの人たちに案内してもらうことになった。

車に揺られて3時間、何の変哲もない平野に連れて行かれた私は困惑した。そこは透明できれいな水が流れている小川である。ご存知の方もいるかと思うが、多くのベタの仲間、とくに泡巣をつくるタイプのワイルドベタは流れがほとんどない止水の湿地に生息している。ところがそこは、完全な流水である。しかもかなり流れがはやい。私は現地の人に“こんな所にはベタはいないよ”というと、皆笑っている。
ひょっとすると、この人たちはベタを別の魚と勘違いしているのではないかと思っている私を尻目に、彼らは丸いざるで魚を採りはじめた。

“やれやれ、14時間もかかってバスに乗ってやってきたのになんてこった”とがっかりしていると、彼らの一人がざるのなかを見ろという。
 “エエ〜ッ!!”
私は驚嘆した。たしかにベタである。しかもスマラグディナっぽいグリーンのベタである。なんでこんなところにベタがいるのか??よく見ると、いままで見てきたスマラグディナとは全然違う。まず体が流線型でかなり大型である。体色は全身メタリックグリーンで、通常のタイプのような赤色があまり入らない。特筆すべきはヒレの長さである。各ヒレが伸長しているのだが、とくに腹ビレがとてつもなく長く、尾ビレの付け根の下あたりまで伸びているのもいる。“なんじゃこりゃ!”袋にいれたベタを私は唖然として見つめていた。

そもそもこんな流れのはやい小川で、どうやって泡巣をつくって産卵するのか?ひょっとして口の中で卵を保護するマウスブルーダータイプなのか?と混乱している私の頭を冷静に整理しようとしていると、現地の人が泡巣があるから見ろという。それは小川の岸に生い茂っている草のなかにあった。たしかにそこは、水がよどんでいて、しかも草にまとわりつくように泡巣があって、その泡巣の下には、孵化したてと思しき稚魚がわらわらとしている。まあ、これなら泡巣をつくって繁殖できるよな。と思ったものの、こんな早い流れの中で生息しているベタには感心するしかない。

このスマラグディナは、現地でパーカーッ・テンと呼ばれている。テンとはタイ語で“踊る”という意味である。大きな容器にオス同士を入れると、激しく体をくねらせて、長い腹ビレを天女の羽衣のように振り乱し闘争するそうである。流線型の体型と伸長したヒレは流水に適応して進化したものなのだろう。 私はこのベタをベタ・スマラグディナ“グリーンダンサー”と命名した。

彼らが言うには、このタイプは広大なイサーンのなかでもここにしかいないらしい。ほかの同じような環境の場所を探したが、この場所以外で見つけたことがないそうだ。タイではもう未発見のワイルドベタはいないだろうと思っていたのであるが、まだこんな魅力的なタイプがいたとは、私も感激であった。そして、我々はこの収穫を得て、嬉々としてバンコクへ戻るバスに乗ったのである。

 
ベタ・スマラグディナ”グリーンダンサー”の生息地。草原を流れる綺麗な小川である

ベタ・スマラグディナ”グリーンダンサー”の泡巣。流れのよどんだ場所につくられていた

採集したベタ・スマラグディナ”グリーンダンサー”(Betta smaragdina)のオス。綺麗なグリーンスポットが入り、腹ビレとしりビレが見事に伸長している

採集したベタ・スマラグディナ”グリーンダンサー”のペア。上の綺麗なグリーンスポットがはいっているのがオス、下がメス

帰国後水槽で撮影した、ベタ・スマラグディナ”グリーンダンサー”。流水に棲んでいるせいか、通常のスマラグディナとは運動性能が違う



我々は、疲れた体を長距離バスのシートに投げ出して、バンコクへのまたもや長い道のりの旅程にいた。長い時間を経てバスはイサーンの台地を降りてゆき、バンコク近郊のハイウェイを走っていた。もう少しでバンコクに戻れる私は、スプレンデンスの生息地の風景や“グリーンダンサー”がヒレを広げて舞う姿を想像しながら、うつらうつらと寝ていた。

すると突然、“ザザーッ”という大きな音とともにバスが横滑りをしはじめるではないか!あわてて目を覚ました私の前方には、無いはずの木々がフロントガラスの向こうに姿を現した。そして次の瞬間、“ガシャガシャーン”という轟音とともに、私はひっくり返ってぺしゃんこになったバスの中で体を投げ出されていた。とっさのことで、一瞬何が起きたか理解できなかったが、潰れた狭いバスの中から必死になって這い出して外へ脱出した。

あらためてバスを見ると完全にひっくり返って大破していた。そして、周りには倒れたままの人、足がざっくり裂けて泣き叫ぶ女性、足を骨折したのか、その場でうずくまる人たち・・・阿鼻叫喚と化していた。我々は呆然と立ち尽くした。


無事だったバスガイドの男性も、あまりの出来事にオロオロするだけであった。だいぶ時間がたってからレスキュー隊が現れて、まだバスの中で取り残されている人を救助しはじめた。意識不明の人や重傷者も担架で運ばれて行き始めた。警察による乗客の尋問も始まった。しかし、レスキュー隊よりも先にテレビ局のレポーターがやってきて、この状況でうれしそうに私にインタビューしてきたのには閉口した。

幸い我々は無事だった。私は奇跡的にも全く無傷であった。しかし、あとで聞くと死者も出たらしい。まったくおそろしい事件だった。特に海外では危険がつきものである。みなさんも注意していただきたい。 

 
とんでもない事故にもあった


 



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